Kataro ホームページ 「 河太郎 」 第 34 号 平成 25 年 ( 2013 年) 6 月 1 日

昭和の 「 ダフニスとクロエ 」 ( 5 )

霧海 裕


 かおりは家に帰ると、謝罪と相談をかねて母親と話し合った。
  「 母さん、実は成績優秀な女生徒の伊吹さんに勉強を教わっていると言ったんだけど、あれはウソで、本当は成績劣等の男生徒だったの。私より成績は悪かったのだけど、 3 年生になって効果的な勉強の仕方を発見して、それを私と美香子に教えてくれて、 3 人で毎日、伊吹さんの家で勉強会をやっていたの。ウソを言ってご免なさい 」
と謝った。母は
  「 まあ、そうだったの。ところで伊吹さんはかおりより成績が悪かったそうだけど、今度の試験では成績はどうだったの? 」
  「 うん、私達と同じ 40 番代だったの。伊吹さんは 2 年生まで自分の部屋と机がなくて、勉強は 1 分もやったことがない、と威張っていたわ。それが、すぐ上のお兄さんが大学に進学し、 3 年生になって部屋と机ができて勉強するようになったそうよ 」
  「 それじゃー、もともと伊吹さんは頭が良かったんだ 」
  「 私もそう思うわ。伊吹さんのお父さんは旧制 T 中学卒業で、上の兄さんは K 大学工学部を卒業して建設省に勤めているし、下の兄さんは K 商船大学に進学し、姉さんは T 高校を卒業して大手 K 銀行 T 支店に勤めているの 」
  「 頭がいいの当たり前ね 」
  「 ところで母さん、秘密にしていたのだけど、私からお願いして伊吹さんと交際してもらってるの 」
と、今までの聡とのいきさつと、廊下窓際デートから勉強会デートに至ったことを全て母親に話した。
  「 それで母さん、伊吹さんが男生徒で、これからも学習会を続けていきたいことと、伊吹さんとの交際を許して欲しいことを父さんにお願いしてもいいかしら? 」
  「 学習会を続けていきたいことはお願いしてもいいけど、交際していることは当分伏せておいた方がいいと思うわ。そのうち父さんには私からそれとなく匂わせておくから 」
  「 うわー、母さんありがとう。母さんは許してくれるのね? 」
  「 もちろんよ。かおりを昔のよい子に戻してくれたし、成績を劇的に上げてくれたんだもの、私からお願いしたいくらいだわ。ところで、伊吹さんてどんな子? 」
  「 のんびりして、のほほんとして、優しい人なの 」
  「 かおり、本当に良かったね。ところで今日、 PTA が終わって父さんに電話をかけて、今日、すごく良いことがあったから会社を早めに終えて夕食を一緒に食べましょうと伝えたから、夕食の時に父さんに話しましょう 」
  「 わかりました 」
  「 そろそろ父さんが帰ってくるころだから、私は夕飯の支度をするので、かおりは酒屋さんに行って中ビール2本買ってきて 」
  「 はーい 」 。
 かおりが冷えたビールを買って家に帰ると、丁度父親が家に帰ってきた。

  「 さあさあ、丁度すき焼きもできたのでみんな食卓に来てちょうだい 」
  「 うわー、今日はどうしたんだ! 牛肉じゃないか! それにビールが 2 本も !」
 浴衣に着替えた父親は喜びの声をあげた。
  「 今日はかおりに、とってもいいことがあったの。さあ、かおりに乾杯しましょう 」
 母親は父親のコップにビールをつぎ、自分のコップにもついだ。かおりは自分のコップにジュースをついだ。
  「 かおり、おめでとう! 乾杯! 」
  3 人、コップをカチンとつき合わせて一気にぐーっと飲み干した。
  「 ところで、かおりにどんないいことがあったんだ? 」
 ビールをコップについでもらいながら父親が言った。
  「 今日、かおりの PTA があって、かおりの成績が劇的に上がり 40 番代になって、先生から T 高校合格間違いないと言われたのよ 」
ビールを飲んでいた父親は、途端にむせてブーとビールを吐きだした。
  「 ごめんごめん。かおり、本当に良かったな。最近、必死になって勉強しているのは知っていたが、こんなに早く成果が出るとは思っていなかった。良かった良かった 」
 かおりは、この時とばかり父親に詫びをいれた。
  「 父さん、不良とつき合って父さんに心配かけてすみませんでした。成績がどんどん下がってヤケを起こしてたんです。だけど度胸がなくて、不良とつき合うのが恐ろしくなってすぐに止めたんだけど、その後、どうしていいか分からなかったの。本当にすみませんでした 」
  「 父さんも多分そうだろうと思っていたが、父さんにはどうしていいか分からなかったんだ 」
  「 もうひとつ、父さんに謝らなくてはいけないの。勉強会の許可を得る時、伊吹さんという成績優秀な女生徒に勉強を教わると言ったんだけど、実はウソで、伊吹さんは成績劣等の男生徒だったの。不良の一件があったので、たとえ勉強会でも男生徒の家でやることを父さんは許可してくれないと思い、ウソを言ったの。すみませんでした 」
  「 渡辺美香子さんと 3 人で伊吹君の家で勉強していたのかい? 」
  「 はい。それで、これからも伊吹さんの家で勉強したいのだけど、いいでしょうか? 」
  「 いいも悪いも、かおりを元のよい子に戻してくれたどころか、成績も劇的に上げてくれたのに、なんで止めさせるんだ? 逆に伊吹君から断ってきたら俺から頼みに行くよ、なあ母さん 」
  「 私も一緒に頼みに行くわ 」
  「 ところでかおり、伊吹君の家で毎日勉強しているということは、伊吹君のご両親とも毎日会っているんだな? 」
  「ええ、ご両親は私たちをすごくかわいがってくれるのよ。娘が二人増えたと喜んでいるの 」
  「 それは不公平だな 」
  「 えっ、不公平? 」
  「 伊吹君のご両親は二人と毎日会っているのに、こちらの両親は伊吹君に全然会ってないんだよ。そうだ、 7 月 4 日のかおりの誕生日に伊吹君と渡辺さんを招いて誕生会をやったらどうだろう? 」
  「 わー、うれしい! 」
  「 俺もかおりのお陰で普段はビール 1 本なのに、今日は 2 本も飲めた。うれしいな! 」
  「 うん 」
  「 今日は我が家にとって今までで最高の日だから、もう 2 本買ってこようか? 」
  「 最高にうれしいね。たのむ 」
 「かおり、すまないけでまたビール2本買ってきて 」
  「 はーい 」
 かおりは、父から 3 人の勉強会をこころよく許可してくれたのが嬉しくてたまらなかった。すぐ酒屋にビールを買いに行った。

  「 ところで母さん、俺の直感だけど、伊吹君はかおりの彼氏でないのか? 」
  「 あらまあ、わかったの? 」
  「 そりゃーそうだよ。伊吹君の話をするときのかおりの顔を見ていると誰でも分かるよ。母さんは前から知っていたの? 」
  「 いや、今日初めてかおりから聞いたわ 」
  「 伊吹君はどんな子だと言っていた? 」
「のんびり、のほほん、優しい子だと言っていたわ」   「 誕生会で会うの楽しみだな 」

  6 月にはいるとすぐ梅雨が始まった。例年だと 6 月中旬から始まるのだけど、今年は早く始まった。梅雨は人々にとって実にイヤな季節で、身も心も滅入ってしまう。気温は 25 ℃を超えるのに、毎日ジトジトと雨が降り、湿度が 100 %近い日が続くのである。こんな状況を一番喜んでいるのはカビである。当時はジャーなど無かったから、朝、ご飯を炊くと夜には腐っていた。だから気温が低くなる夜にご飯を炊き、食い残したご飯をザルに入れて涼しい場所につるし、朝ご飯で食べ尽くしていた。それでも食い残した時には、ご飯は昼や夜までもたないので、新聞紙で作る袋のノリや和服をばらして洗い張りするときのノリに使用していた。
 カビは何も食物や木材だけでなく、シラクモやミズムシ、インキンタムシのように人間の身体にも繁殖した。聡も小学校低学年から左足がミズムシになり、いまだに悩まされている。

 カビ以上に梅雨を喜んでいるのは農民であった。稲作の水田は大量の水が必要で、空梅雨になんかなれば、大凶作になるからである。 K 県を始めとする瀬戸内海沿岸地方は、年間降雨量が他地域の半分の 1,500 mm しかなく、梅雨と台風は農業と水道の救いの神であった。
 梅雨時になると水田の田植えが始まり、月に米を収穫し、牛鋤で土を起こして大麦を植え、翌年の五月に麦を収穫し、麦株ごと牛鋤で土を起こし、水を張って梅雨時に又、田植えするという2毛作がこのあたりの農業であった。連続して2毛 2 作をやると土が痩せるので、適当な間隔で麦作を止め、レンゲやナタネなどの肥料草を植えて草ごと土を起こして土地を肥やしていた。  聡が小学 6 年ぐらいまで聡の家の裏に1町歩 ( 約 1 f ) ぐらいの水田があったが、そこに簡易保険局の建物が建ち、今では 1 反 ( 300 坪 ) ぐらいの水田が残っている。中心街から少し離れた住宅街の中にもまだ水田が残っていた。聡や遊び仲間は水田でゲンゴロウやタガメ、メダカなどを捕ったり、タニシや食用ガエル ( 牛ガエル ) を取って食ったりしていた。牛ガエルという名は、鳴き声がでかくて 「 ウォーン ウォーン 」 と牛の鳴き声みたいなので名付けられた。

( 続く )

Updated 18 May , 2017