Kataro HomePage 「河太郎」21号 平成22年(2010年)4月1日

釧路市のまちづくり

続木 敏博

 同人誌 「河太郎 」 が 10 年余に渡って継続して発刊され、格調高い論文やら、昭和 40 年代からの釧路を取り巻く政界の変遷など、読者を大いに楽しませてくれた。
 釧路において、今、書き残しておかなければ、やがてその記憶をとどめる者もなくなり、忘却の整理棚にしまわれかねない史実を、このような形で書きとどめておくことの重要さは、後世にその価値を残すであろう。

 さて、連載されてきた 「 往時茫々 」 や第 20 号に掲載された 「 歴史を創った男 」 に登場してくる、命をかけてこの釧路の未来を案じ戦ってきた巨人達の崇高な思いや情熱、哲学を学びつつ、その上で、これからの世界の中の日本国、そして日本の中の地方、さらに地方の自治とはどうあるべきかが語らなければならないが、時代の変化のスピードは速く、これに対応しようとなると、相当に柔軟な頭脳を持って対処しなければならない時代に突入した感がある。

 高度成長時代に代表される、かっての国づくり地方づくりは、重厚長大で産業振興こそが地方活性の唯一の手段であるという考え方だった。それが故に、国の政権与党に直結する代議士、市長を誕生させることが至上命題で、その構図は至極単純明快であった。
 しかし、世界の先進各国を見ると、それは民主主義が成熟するまでのひとつの課程、通過点であって、今や日本においても政権与党は民主党である。
 ものの価値観、人生観、倫理観も多様化してきて、答えがたくさんあり、これだけが正解という時代ではなくなってきている昨今である。
 このような転換期において、変わってもいいもの、変わらなければならないもの、変えてはいけないものを正しく判断する目、力が何よりも大切な時代と認識する。
 おおざっぱに言うと、日本国の根幹である天皇制、伝統文化、精神文化等々、これまで何千年の時間の中で日本人が守り育ててきたものは、断固変えてはならない。それどころか、我々には、それらを正しく次世代へ継承してゆく責任がある。その時、その時の世相や環境、世界情勢などとは全く次元の違う話である。
 反対に、我々国民の生活と直結する世界、政治に関わる世界であるが、その中でも地方自治に関わるものは、政策や住民サービス、行政運営の仕方、方向性などは、時代時代に合わせて、変わってゆく必要がある。何故なら、そこに住む生身の人間、住民の今現在の生活と直結するからであり、そのような臨機応変な対応ができるからこそ基礎的自治体なのである。


地方自治体の仕事

 直接、住民と接している自治体の主な仕事は、分野別に分けて、大きく 5 つある。
 大まかであるが、1つ目は、産業振興に関わる地域の力。お金を生み出す基の部分である。具体的には、釧路市の場合、水産業、農業、林業、鉱工業、商業、観光、それに中小企業対策、雇用対策等の仕事である。
  2 つ目は、安心して暮らすためのサービスの分野の仕事である。具体的には、医療、保健、福祉、子育て支援、青少年育成、消費生活、交通安全、消防・防災等があげられる。
  3 つ目が、鰐淵元市長が掲げた、 「 快適都市 」 に当たる分野で、水道・下水道の整備であるとか、ゴミ、環境、住宅、道路、交通、港湾・空港等、住環境の整備に関わる都市機能のハードなインフラの部分。
  4 つ目が、教育に代表される分野であるが、生涯学習の推進、学校教育の充実、スポーツの振興、文化・芸術、国際交流など知的ソフト分野。
  5 つ目が、市民と行政の協働や今後の地方分権時代に対応できる行財政の運営や、地域コミュニティの醸成など、市民生活に密着した分野となり、大きく分けるとこの 5 つに分類することができる。
 どれも市民生活において欠くことのできない重要なセクションであるが、その 1 つ 1 つに対して、今後の釧路市の進むべき方向を示し、かつトータルして、それらがバラバラではなく、ひとつの方向を向いていなければならないという大変難儀な作業なのである。


地域から商店が消える

 今回は、その中でも、最近急激に問題となってきている公設市場のキーテナントの食料品スーパーの撤退や倒産を材料に、 5 番目の分類に関わる住宅地の疲弊と今後の考え方について考察したいと思う。

 昨年 12 月に、突然、市内美原地区にある公設市場のキーテナントの食料品スーパーが撤退の決断をし、結果的には他のテナントも同時に撤退。結果、 30 年間続いた公設市場は閉鎖された。
 美原地区は、今も大きな団地を形成している住宅街であるが、造成後30年が過ぎ、当時 40 代、 50 代だった新築住宅の住民は、今、一斉に 70 代、 80 代の老人となり、購買力も、また量も低下の一途をたどっていると思われる。しかし、高齢化が進めば進むほど、一人暮らしであったり、車には乗らなくなったりで、自分が住む近郊のお店を必要とする割合も増してきている。
 年が明けて 1 月に入り、今度は市内で 4 店舗を経営していた老舗スーパーが自己破産となった。 4 店ともそれぞれの地域で必要とされてきたお店であったが、とりわけ釧路市の東端にある白樺台地区においては、ここが唯一の食料品店であり、この店がなくなると、 3 km も離れた桜ヶ岡の生協までバスやタクシーに乗って買い物をするしかない事態になってしまった。
 白樺台地区は、市内でも最も高齢化率が高く、車を持たない世帯が多い地区である。ここの住民は、店が閉店した次の日から、生活難民になってしまった。
 今現在、住民相互の協力で後継店舗誘致のための署名活動を行っているが、まさに日常生活に事欠く地区になってしまったのである。
 さらに、同 1 月に市内のディスカウントスーパーが弥生地区の店舗を閉店する報道が新聞に載った。このスーパーは、もう 1 店舗も閉店の計画を聞いている。


進む人口減・高齢化

 さて、これはどういうことか。どう考えるべきか。
 これらの商店は、当然、営利目的の経営体である。行政や慈善事業ではない。それらの経営体が、このひと月足らずの間に、一斉に悲鳴を上げたのである。
 これを、一部の高齢化が極端に進んだ地域的な特異な減少、または、ある特定の経営状況の悪い企業の問題ととらえるのは間違いである。

  2009 年の釧路市の人口は 187569 人、内 65 歳以上の人口が 44823 人で高齢化率は 23.9 % であるが、これが 2015 年には人口 168095 人、 65 歳以上が 50191 人で 29.9 % 、 2020 年には人口 156290 人、 65 歳以上が 52999 人で高齢化率が 33 9 % になるという予測がすでに出ている。
 町全体の人口が急速に減り、高齢化が一気に進む中で、このような現象は、美原、白樺台、弥生地区のみならず、ここ数年の間にどこの地区にも起こりうる現象ととらえることの方が正しい。
 この地区だけではなく、すでに車がなければ買い物にも行かれない地区、例えれば富士見地区、南大通、浦見、新富士等々があるが、これが市内中に拡大してゆく釧路市、生活難民があふれる釧路市に対応する準備が喫緊の課題になってきたということであろう。
 これまでの拡大路線をひたすら走ってきた釧路にとって、経験したことも、考えたこともない事態に現実に突入してしまった、と解釈すべきでなのではないだろうか。

 このような事態に、行政はどのような対策をとれるのか、どんな方策が有効なのか。商店の経営に介入することは当然できないし、採算の合わない出店を要請しても、長続きするものではない。市場原理にあわせて、人の集まるところに店は出店し、生活に不自由なところからは人は去ってゆく。その結果として、人の集積と新しい街の形成がなされる。それまで放っておくのか。
 そんなことは、あり得ない。それならば、都市計画はいらないことになる。
 今、そこに住んでいる市民が最低の人間らしい生活を地域でまかなうことを用意するのが、行政の最低限の責任であろう。そのために釧路市は何ができるのか。


現実的な対応策

 私は、すでに人口が減少し始めているにもかかわらず、このような事態を想定せず、つい数年前まで無意味に市街化区域を拡大し、目の前の道路や住宅建築、地価高騰だけを視野に入れていた多くの議員や行政担当者に、大きな憤りを感じているが、今、それを追求しても意味がない。
 現実に対応する対策をどうするか、ここである。

 私が、今考える対応策は、釧路市をいくつかの地域 ( ここからはブロックと呼ぶことにする ) に分けてしまう。仮に、釧路市を 8 つのブロックに分割してしまう。そして、それぞれにそのブロックの中心はどこかを決める。多くは商店や銀行が集まる商店街になると思うが、それぞれのブロックの中心に当たる近辺に市役所の支所を持ってくる。そのブロックの中に町内会や商店街、 PTA や老人クラブ等々を中心として、地区協議会を設けそのブロックに何が必要か、どうすれば住み良い地区になるか、コミュニティを形成してもらう。
 つまり、自分たちの地域づくりを地域の皆さんに考えてもらう。行政はそのブロックに住む住民が、ブロック内で一通りの生活が完結するような環境を提供するよう協力する。病院があり、介護サービス施設があり、老人が集まれる会館があるというように・・・・。
 ブロックといっても広いので、当然買い物に支障をきたす住民もいる。その人達のために、ブロックの中だけ循環するバスを運行する。そのくらいのことは、市民生活と引き換えに、行政がやるべきであると考える。
 このようなコミュニティを作るのが、まちづくりの原点である。
 本来、街は何でも行政が行うものではなかったはずである。


日本型コンパクトシティ

 この発想は、コンパクトシティに由来する。コンパクトシティとは、 1990 年代にドイツをはじめとする欧州で始まったひとつの考え方で、望ましい街の姿として、町の中心部に人を居住させ、効率のいい都市空間を作り上げるというものである。
 その効果として、@高い居住と就業などの密度、A複合的な土地利用の生活圏、B自動車に依存しない交通、C多様な居住者と多様な空間、等々があげられているが、つまり、町を横に拡げないで、十分にインフラの整備をされた町の中心部で、徒歩や自転車で行かれる距離内に居住空間をつくり、人を集めるというものである。
 元々は環境問題が主目的で始まったと聞いているが、 10 年ほど前から、日本でも徐々にこの言葉を耳にするようになってきた。
 数年前、青森市が駅前の中心部に住宅を造り、そこに居住者を集めて、コンパクトシティ先進地のような話題を振りまいたことがあったが、その後、あまり成功例を聞いていない。

 結局、このような市の中心部に人を集める政策を行ったところで、実際に拡げてしまった町を小さくすることは現実にはほぼ無理であり、既に住んでいる人がいる以上、ゴミも集めなければならないし、道路や下水の整備や雪が降れば除雪もしなければならないのである。
 そこで、町の中心部に居住を移すのではなく、今現在、生活している地域地域に釧路市を分割し、コミュニティも含めて、それぞれがひとつの町を形成してもらう。生活に必要なものを最低限、地域内にそろえ、できれば徒歩や、自転車で行かれる範囲で生活ができる。それができない人たちには、交通手段等の面で別の方法を考える。それは、そこに住む住民の協議で検討してもらう。それに対して、行政はできる限りの応援をする。


市民と協働のまちづくり

 残念ながら、これは私の独自の案ではない。すでに、地域のコミュニティを応援育成し、まちづくりに積極的に参加してもらう試みが、全国の地方都市で進んでいる。市民と協働のまちづくりの必要性に着目している有能な首長達は、市民の力を見逃しはしない。
 宮崎市は、昨年 4 月から、この施策を 1 歩進めて、地域ごとの活動に必要な財源を 「 コミュニティ税 」 という形で、市民 1 人につき 500 円 ( 年間 ) 集める条例を議会通過させた。私も、宮崎市に視察に行き、事情を見てきたが、実際に多額のお金をコミュニティが管理することにも問題があり、また、市民からは財源は市の一般会計から出すべきとの意見も多く、先日の市長選挙では、 「 コミュニティ税 」 反対派の候補が、当選した事実もある。
 但し、 「 コミュニティ税 」 について反対なのであり、地域づくりに反対とは聞いていない。

 前半にも書いた、昨今の急激な環境変化に対応し、市民生活を守ってゆくためには、旧来型の発想では間に合わないことは明白である。
 自治体のあり方も、これまでの国からの下請けのような、機関委任事務の代行のような感覚では、住民を守ってゆかれない。
 それぞれの町の事情にあわせた工夫と、市民との協調が必要である。そして、真の "街の力" を取り戻さねばならない。
 とにかく、釧路市が新しい時代に一歩、踏み込んでしまったことを認識させられたひと月であった。

著者 続木 敏博


略歴
昭和 30 年 旭川生まれ。 現在 54 才。
明治大学商学部卒業後、昭和 55 年、釧路に赴任。
そのまま釧路の住人に …
現在、釧路市議会議員 3 期目。
Updated 16 March , 2020