Kataro ホームページ 「 河太郎 」 第 20 号 平成 21 年 ( 2009 年 ) 12 月 1 日

これは 「 河太郎 」 第 2 号の 『 「 河太郎 」 発刊によせて 』 ( 平成 11 年 4 月 1 日 ) を再録したものです

「 河太郎 」 発刊によせて

長谷川 隆次

      学んでときにこれを習う   亦説ばしからず乎
      有朋遠方より来たる     亦楽しからず乎
      人知らずして慍(イカ)らず  亦君子ならず乎

 「論語」の冒頭に出てくる言葉です。

 50 代半ばの三井、 齢 60 を過ぎた北村、渡邊、中岡、進藤、長谷川。皆人生の半ば以上の年輪を重ねた男どもが出会い心の琴線に触れ合う説びを見いだしました。まさに朋遠方より来たる亦楽しからず乎です。
 遠方とは単に距離的なものではなく、夫々の生まれ育ち、環境等の異なる人間のふれあい、認識に関るものと理解します。

 人間のかかわり合いは出会いから始まります。様々な出会いがあり、一生ひきずって行く出会いもあれば一瞬の出会いもあります。総ての事柄は出会いから始まるといっても過言ではないと思います。貴重な出会いを生かし自分なりの人生を成長させてくれます。
 出会いによって心の奥深くで相手の波長と一致することがあります。それは偶然の様であるけれど、パストゥールの云う「偶然は用意された心にめぐまれる」とすれば、出会いが素晴らしいのは自分だけでなく相手も亦確固たる内的活力にバイブレイションをかける作用があるからだと思います。今迄学んできた事の蓄積があったり理解し合える何かがあるという事ではないでしょうか。
 「 学んで時に之を習う 」 学んだことを実際にやってみる。理論を教わり知ってそれに基いていろいろな現象を理解しようとする。例えば科学での実験がそれであると思います。

      学んで思わざれば則ち罔 ( クラシ ) し
      思うて学ざれば則ち殆 ( アヤウ ) し

 書物等で知識の蓄積がふえたとしても混乱して焦点のない学問になってしまうし反対に独善的な思索ばかりしていると真実が見えなくなってしまうという事です。

 還暦を過ぎた 5 人の男と現役の三井さんと 6 人が集まり酒をくみかわしながら話に花が咲きます。その事どもを書いてみたら ――、企画もデザインも何もないうちに見切り発車しました。三井さん曰く 「 考えてから走るのはこのメンバーでは出来ない駄目になってしまう。走りながら考えようではないか 」 三井さんの独断です。三井さんの洞察力に敬服。

 北村藤一朗さんの専攻はドイツ文学。丸ト北村専務時代新館オープンを手がけ網走のマルトマルトに転出、20 年間網走で商売し、3 年前リタイア、今は毎日図書館かよい、キリスト教美術を勉強中。

 渡邊廣志さんはフランス文学専攻。学生時代はワグネルソサイティで唱い卒業後、ダークダックスに誘われてテナー。
 HBC テレビ、釧正館を経てこの 3 月まで啓生園園長。油絵もよくする多才多識。

 中岡孝さんは高校時代から秀才誉れ高い男。鉱山学科卒業後雄別炭坑で雄別尺別茂尻の炭坑の採炭の指揮をとった。閉山後、教室からのさそいを断り造船機械製作を手がけ、今は電機会社顧問。

 進藤久明さんは我々仲間唯一の経済屋。関西の大学を卒業後、松下電器にて修業。帰釧后、ナショナル販売。金儲けの奇才。今は阿寒の別荘で野菜作り。土と太陽を友として暮す孤高の人。

 唯一現役の三井裕さんは四国高松から北海道大学林科在学中、今の奥さんにつかまってしまいました。奥さんの魅力と北海道の魅力と相俟って今やすっかり北海道人。釧路市役所勤務。

 長谷川隆次は冶金屋。鋳造を生業としている。60 にして 59 年の非を悟るというが悟りきれていない。唯、なんと悔いる事の多い 60 年か。

 私等が何か出来ることがあるならば、かなわなくとも、やらずにいられない。それが例え認められようが認められまいが、そんなことは気にかけず、自分一人一人が心の底からの気持ちを何らかの形で表現していく事が、いま必要であり重要であると考えます。
 恥をかきながら文章も書く。 「 河太郎 」 2 号に発刊の言葉をのせるとは ――。 全く、これからどうなる事やら。

Updated 25 June , 2020