河太郎 第 10 号 平成 14 年 3 月 1 日

追っかけフェルメール

渡邊 廣志


 ヨハネス・フェルメール ( 一六三二 ~ 一六七五 ) 。 17 世紀オランダの中都市デルフト生まれの画家である。 43 才にして没。決して多作とは言えない画家であったと思われるが、現存する彼の作品は僅か 30 数点。
 これらをジャンル別に仕分けしてみると、まず宗教画 ( 歴史画、物語画を含めて ) 、残存数は 4 点。この時期、オランダは君主制を脱して市民社会を形成していたから王侯貴族からの注文はなく、このジャンルでの作品数は必然的に少ない。ほとんどが初期のものである。
    「 聖プラクセディス 」 模写。 ( 個人蔵 )
    「 マルタとマリアのキリスト 」 ( スコットランド・ナショナル )
    「 ディアナとニンフたち 」 ( デンマーク マウリッツハイス )
    「 信仰の寓意 」 ( メトロポリタン )
 風景画は 2 点
    「 デルクトの眺望 」 ( デンマーク マウリッツハイス )
    「 小路 」 ( アムステルダム )
    僅か 2 点ながらこの 2 点とも静謐さと永遠の光の中で生き続ける町を描いて絶品である。
 他はすべて室内での人物を描いた作品で静物画はなく、 11 人 ( または 14 人 ) の子沢山でありながら子供の絵は 1 点もない。
 自画像もなく妻を描いた作品もない。ただ風俗画と言われる 「 女衒の家にて 」 ( ドレスデン ) の中の酒杯を持つ男と女はひょっとしたら彼自身と彼の妻ではないかと推測される程度。
 風俗画としてはこの他に 3 点。
    「 紳士とぶどう酒を飲む夫人 」 ( ベルリン )
    「 ワイングラスを持つ若い女 」 ( 個人蔵 )
    「 士官と笑う娘 」 ( 個人蔵 )
 この 4 点を以てフェルメールを風俗画家と呼ぶ人もいるが私はとらない。市民社会の中での風俗画はこの時代のいわば時流で、フェルメールもちょっぴり手を染めたということであろう。なぜならフェルメールの真骨頂は先にあげた風景画 2 点と、他の室内における人物画にあるからである。
 窓からそそぐ光 ( ほとんどの作品は左手から ) の中で、人物をやわらかくしかもくっきりと浮かびあがらせる光と影の扱い方の絶妙さは、息をのむ見事さである。どの作品も克明に描いてはいるが細密画でないところもいい。この光と影のいわば陰翳は、カラヴァッジョ ( 一五七三 ~ 一六一〇 イタリアの画家 ) の影響を受けているようにも見えるが、カラヴァッジョやレンブラントのようなドラマティックな光の処理ではない ― これはこれで素晴らしいのだが ―。フェルメールが窓の光の画家、または静謐の画家と言われる所以でもある。

 私のフェルメールへの追っかけが始まったのは、はたしていつからであったろう。おそらくは遠い昔、彼の代表作の一つでもある 「 青いターバンの少女 ( または ) 真珠の耳飾りの少女 」 ( マウリッツハイス ) を何かの画集で見てからだったに相違ない。
 余談ながらこの作品の複製画が釧路市春採のコーチャンフォーのレジの後ろに展示してある。実物は 46.5 × 40.0 cm と一回り大きいが。
 現在この書店に勤務している角田憲治氏 ( 元釧路市教育長、この同人誌の賛助同人でもある ) が、フェルメール気狂いの私めのためにあえて飾ってくださったもののようである。謝ご好意。
 さてフェルメールについていえば、人をして魅きつけずにおかない作品の魅力もさることながら、彼の生涯がいまだヴェールに包まれてあまりに確実な資料に乏しいこと、しかも没後二百年を経て彼の絵が突如として脚光を浴びるにいたったこと、それに引き続いての真作、非真作論争、さらには世紀の贋作事件、そして一連の盗難事件等々、かまびすしいほどの話題性が彼への興味を一層倍加させるのである。
 まず謎の画家とも呼ばれる彼の生涯について触れる。デルフトで生まれ、デルフトで死んだということまでは分かっているにしても、その少年時代、絵画修業時代 ― デルフトで修業したのかあるいはよその都市で修業したのか、そしてその師匠は誰であったのか ― 、死亡日時は? 死因は? などがまるで分かっていないのである。彼の作品にしても正確に制作年代を特定できるのは 3 点のみで、あとはすべて推測によるしかない。
 これが一つ。
  2 番目はなぜ没後二百年もの長い間、無名の画家でいたものが、ある日突如として不死鳥のように羽ばたき始めたのかである。
 たしかに彼の存命中、画家としてかなりの評価を受けていたという痕跡はあるのだが、地方画家故に広く認められにくかったという側面はあったかもしれない。
 実は一八六六年、ある画商の企画によりパリで古の巨匠たちの作品二百点以上を集めた大規模な展覧会が開催され、その際に並んだフェルメールの作品が大変な話題を呼んだということが一躍今日の評価に連なっているのである。
 しかもその直後から真作・非真作の論議が沸き起こり、当初 70 点以上と言われたフェルメールの作品が、様式や歴史性、図像的特性等の解明によって峻別され、その結果フェルメールの作品は 36 点が真作であるとされた。
 しかし問題はここで終わらない。  世界の評論家の多くはあと 3 点は非真作であるといい、わが国におけるフェルメール研究の第一人者小林頼子は次の 4 点を非真作としている。
    「 聖プラクセデス 」 ― 前述。
    「 ディアナとニンフたち 」 ― 前述。
    「 赤い帽子の女 」 ( ワシントン ナショナル・ギャラリー )
    「 フルートを持つ女 」(      〃       )

 このあと忌まわしい贋作事件、度重なる盗難史と続くのであるが、これについては後述したい。
 この 7 月、ロンドンはナショナル・ギャラリーにて 「 フェルメールとデルフトの画家たち 」 が開かれた。海外旅行、しかも単独旅行が大の苦手である私にとっていささかの躊躇はあったものの、娘ファミリーがロンドン在住であるという幸運と娘や孫の顔見たさも手伝って急遽ロンドンに飛んだ。  実は平成 8 年にオランダはアムステルダムにて 「 フェルメール展 」 が開かれ、 23 点もの作品がアムステルダム国立美術館に集められた。これほどの作品が一堂に会するのは空前にして絶後ということで、駆り立てられる衝動、つのる思いがあったにもかかわらず、海外旅行苦手が災いしてついに見送ってしまったという経緯がある。
 今回はその轍 ( てつ ) を踏まじと勇を鼓してのロンドン行きであった。実を言えば、これに先立って昨年、大阪で 「 フェルメール展 」 が開かれているのである。やってきたのは次の 5 点。
    「 聖プラクセデス 」 ― 前述。
    「 青いターバンの少女 ( または ) 真珠の耳飾りの少女 」 ― 前述。
    「 天秤を持つ女 」 ( ワシントン ナショナル )
    「 地理学者 」 ( フランクフルト )
    「 リュートを調弦する女 」 ( メトロポリタン )
 とにかく矢も楯もたまらず、日帰りの飛行機で大阪まで飛んだはいいが、この展覧会は大阪でも大人気、会期末近くともあって前売り券を持った人がどっと押し寄せ、それはそれはの混雑ぶり、かてて加えて大猛暑 ( 大阪の猛暑はただごとではない ) 。照りつける太陽の下、大阪市立美術館のまわりを列をなして待つこと 3 時間、やっと入館をはたし、やれ嬉しやと思う間もなく、ロープで張られた道順をただ押すな押すなで歩くだけ。作品をじっくり見ることもできず、ただホンモノのフェルメールちゃんがあったんだなァというのが実態だった。
 さてロンドンのナショナル・ギャラリー。ここでもフェルメールの人気は高く、ロンドンのみならず世界中から集まってきたような結構な人出で、一瞬大阪の二の舞かなと思ったけれどそれは杞憂で、チケットには入場時間が明記され、それに従っての入場で、じっくり観覧できたのはまことにハッピーであった。
 フェルメールの作品は次の 9 点である。
    「 牛乳を注ぐ女 ( ミルクメイド ) 」 ( アムステルダム )
    はっと息をのむほどの素晴らしさ。画集等では何度もお目にかかっているが、複製と
    実物の間にかくまで無限の広がりがあるとは。このままロンドン見物もせず、買い物
    もせず、感激を即釧路まで持って帰りたいほどであった。
     これはフェルメールの初期の作品であるが、厚塗りでテーブルの上のカゴやパンの
    皮には光の雫が点描で描かれていて、その美しいこと。
     幾何学的な遠近法が取り入れられて、一見写真に見えながら巧妙にデフォルメが施
    されている。
     このデフォルメはセザンヌも参考にしたのではないかと思ったりもする。フェルメ
    ールの秘密の一つであろう。
     「 紳士とぶどう酒を飲む夫人 」 ( ベルリン )
     「 天秤を持つ女 」 ― 前述。大阪にもきた。
     「 窓辺で水差しを持つ女 」 ( ニューヨーク メトロポリタン )
     「 リュートを調弦する女 」 ( メトロポリタン ) 大阪にもきた。
     「 赤い帽子の女 」 ( ワシントン・ナショナル )  たとえこの作品が非真作であっ
      たとしても逸品である。
     「 絵画芸術 」 ( ウィーン美術史 )  フェルメールは初期を除けば一体に小品だが、
      これは大作の方。それでも 120 × 100 cm 。
     「 ヴァージナルの前に立つ女 」 ( ロンドン・ナショナル )
     「 ヴァージナルの前に座る女 」 (  〃     〃  )

 次に贋作について触れてみたい。断っておきたいのは、贋作と非真作とは全く違うということである。贋作にはまず贋作作者がいて、意図的に、勿論カネ儲けのためホンモノとして通用させるために制作したものであり、非真作とは前に述べたとおりあくまでも真作と思っていたものが近代的な研究と鑑定によってそうでないと判ったものである。
 それにしてもフェルメールと贋作事件は切っても切れないものらしい。
 その理由をいくつかあげてみると、現在フェルメールの真作が 32 点とも 35 点ともあるいは 36 点とも言われる曖昧さ、言うなれば画家の生涯がヴェールに覆われた謎に満ちたものものであること、登場人物が少ないこと、同じような構図の作品が多く、人物や背景を入れ換えるだけで 「 贋作 」 ができてしまうということ、二百年もの間、無名であったということ、希少価値が高く、再発見されてから高騰化が続いているということ、更に言えば、犯罪者が食指を動かさずにはいられない神秘的要素があるということであろう。
 その中でも世紀の贋作事件と言われるものに次のエピソードがある。
 一九九五年、オランダ人ハン・ファン・メーヘレンは国宝級のフェルメールの作品 「 キリストと悔恨の女 」 ( 現在ハーグにある ) を敵国ドイツに売却したとして逮捕され、驚くべき事実を口にした。この作品は自分が描いたと託言し、実際に法廷でキャンバスに向かった。その言葉どおり描き出されていく絵はフェルメールの筆致に酷似していたばかりでなく、さらに多くの贋作を描いたと告白した。彼は詐欺罪で禁固 1 年の判決を受けるも、そのわずか 2 ヶ月後に多くの謎を秘めたまま囚人専用病院で死亡してしまう。彼の告白で今まで真作とされてきた作品が次々と贋作と判明するのである。
 この世紀の贋作事件は 「 フェルメールの謎 」 をさらに深める結果となった。
 またこれは贋作ではないが、何者かによって作品自体に加筆されたあとがあり、修正した結果、画面下から別の部分があらわれ、絵の解釈を変えざるを得なくなったものもある。
  「 中断された音楽の稽古 」 ( 個人蔵 )
  「 手紙を書く女と召使い 」 ( アイルランド・ナショナル )
  「 ダイアナとニンフたち 」 ― 前述。   他

 最後に盗難事件について記しておきたい。
 受難という意味では贋作事件ほど有名ではないが、フェルメールの作品は過去 5 回にわたって 4 点も被害に遭っている。
 以下、年代順に記してみる。

 一九七一年 「 恋人 」 ( アムステルダム国立美術館蔵 )
       ベルギーのブリュッセルの展覧会場から犯人はこの 1 点だけキャンバス
       切り裂いて持ち去った。犯人からは東パキスタン難民援助の要求がある
       も犯人はあっけなく捕らえられ、作品は取り戻すことができたもののキ
       ャンバスは切り裂かれ、扱いも乱雑だったことから作品は深刻なダメー
       ジを受けた。

 一九七四年 「 ギターを弾く女 」 ( ロンドン・ケンウッドハウス所蔵 )
      同じ部屋の壁にレンブラントやフランス・ハルス、ヴァン・ダイクなどの
      作品も展示されていたが、持ち去られたのはフェルメールのこの 1 点だけ。
       当初犯人は IRA のテロリスト絡みということで捜査は混乱したが、結局
      犯人は特定できず、作品はスコットランド・ヤードにかかってきた1本の
      電話で無キズで取り戻すことができた。

 一九七四年 「 手紙を書く女と召使い 」 ( アイルランド・ナショナルギャラリー所蔵 )
      ダブリン郊外の私邸ラスボローハウス邸からこの他、ゴヤ、ヴェラスケス等
       19 点が強奪された。総額 300 億円の強奪事件として騒がれた。
      犯人は IRA の女性を頭目とする活動家たちで、一九八一年犯人逮捕と同時
      に絵も戻ってくる。

 一九八六年 「 手紙を書く女と召使い 」 ― 前述。
      この絵は 2 度目の盗難である。同じくダブリンのラスボロー邸から 15 点。
      犯人はダブリンの実業家に売却していたが、 7 年後この絵はベルギーで取り
      戻すことができた。

 一九九〇年 「 合奏 」 ( ボストン ガードナー美術館所蔵 )
      この作品の行方は今もって沓として知れない。おそらくは 007 のドクター・
      ノオの如き大富豪が個人の趣味のために自分のコレクションに加えている可
      能性があるとのこと。
      情報提供者には賞金五百万ドル。
      ボストン ガードナー美術館では今でもスペースをあけたままにして返ってく
      る日を待っているという。
       いつの日か保存状態がよいままで返ってくるのを願わずにはいられない。

 なお、第二次大戦後、絵を 「 人質 」 にとった政治的事件は五件記録されているというが、その内 3 件はフェルメールの作品であり、あと 1 件は一九九一年の 「 モナリザ 」 盗難事件である。
 フェルメールの作品はそれだけ至上の価値があり、しかもお手頃サイズということなのだろうか。
 因みに世界中で盗難に会い、今もって行方不明のもの数知れず。
 有名画家のものとしては ( 安原顕氏調 )
     ピカソ   385 点
     シャガール 249 点
     ダリ    186 点
     ミロ    276 点
     ルノワール 125 点
 さてさて実に驚くべき数字ではある。

 以上フェルメールを大づかみに概観してきたが、現存するすべての作品が傑作とは言わないまでも、主題こそ異なれ、全体的な精度の高さは最高峰にランクされるもので、これがまたフェルメールのたまらない魅力なのかもしれない。

フェルメール
Updated 18 May . 2020