Kataro ホームページ 「 河太郎 」 ( ISSN 2434-0081 ) 創刊平成 10 年 ( 1998 年 ) 12 月 1 日

同人誌 「 河太郎 」
( Printed edition ISSN 2433-3417 、Online edition ISSN 2434-0081 )
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晩照 ( 悠々釧路湿原 ) 」 羽生 輝 ( はにゅう・ひかる ) 画 ( 縦 31.8 ax横 40.9 a、 2017 年 )

羽生 輝 と釧路湿原

  「 河太郎 」 は、平成 10 年( 1998 年 ) 12 月 1 日に、つまり今から 22 年ほど前に、北海道釧路市を出版地として創刊された同人誌です。 「 河太郎 」 は 「 カタロー 」 と読ませています。何を書いても結構という、おおらかな同人誌です。同人は勿論のこと、同人以外の人からの寄稿も大歓迎という姿勢で、適当な量の原稿が集まり次第発行という、誠にルーズな発行形態を保って、創刊以来 21 年後の 2019 年 4 月に、ようやく 「 河太郎 」 第 47 号を発行できました。

 ところが 2019 年 9 月 14 日、同人誌 「 河太郎 」発行人の長谷川隆次氏が、昏睡状態で入院治療が必要という事態が発生しました。長谷川隆次氏は、同人誌 「 河太郎 」 の活動の掛替えのない中心的人物なので、同人誌 「 河太郎 」 の三井裕主宰は次号の第 48 号 ( あるいは最終号 ) をもって同人誌 「 河太郎 」 を廃刊とすることを決定いたしました。そして長谷川隆次氏は、2019 年 11 月 26 日 午前 2 時 38 分に、享年 83 歳でご逝去されました。医学的な死因は分かりませんが、多分多臓器不全でお亡くなりになったものと思います。お通夜は2019 年 11 月 30 日午後 6 時から、ご葬儀は 12 月 1 日午前 9 時から、いずれも 「 博善市民斎場 ( 釧路市星が浦 1 - 7 - 10 ) 」 で執り行われました。ご家族の皆様に心からの哀悼の意を表し、長谷川隆次氏のご冥福をお祈りしたいと存じます。

 次いで今年 2020 年の春、現在の同人誌 「 河太郎 」 主宰三井裕さんが 「 舌がん 」 に罹り、入院・手術を行い、現在療養中です。
 この間同人誌 「 河太郎 」 に関係した多くの人々がすでに鬼籍に入っております。同人誌 「 河太郎 」 初代主宰の北村藤一朗は病を得て、平成 21 年 21 年 12 月 16 日にお亡くなりになりましたが、生前に同人誌 「 河太郎 」 に発表した論文、評論その他の著作物を纏めて 135 ページのわたる膨大な 「 不二 一朗 特集号 」 として平成 25 年 1 月 1 日に同人誌 「 河太郎 」から発行・配布されています。「 不二 一朗 」 とは、「 藤一朗 」を 「 フジ イチロウ 」と読ませて作った 「 北村 藤一朗 」 のペンネーム ( 筆名ないし芸名 ) です。
 さらに平成 24 年 6 月 3 日に亡くなった徳田 廣氏の 「 釧路における音楽鑑賞活動の流れの中で 」 という、第 1 回から第 20 回までの長大な続き物の評論の特集号 ( 全 187 ページ ) も出版・配布されております。加えて、同人誌 「 河太郎 」 の主要な同人 4 人 ( 渡辺 源司、角田 憲治、長谷川 隆次、横澤 一夫 ) による 10 回にわたる連続座談会 「 釧路政界往時茫々 」 の総集編も、平成 19 年 3 月に出版・配布されています。
 これらの特集号に傚って、まだ生きている人も含めて、同人誌 「 河太郎 」 に多大な貢献を積み重ねてきた人たちの著作物を纏めた特集号をウェブサイト http://kataro.tendon.bz に掲載したいと考えました。同人誌 「 河太郎 」 が廃刊になっても、このウェブサイトが存在している限りは、同人誌 「 河太郎 」 に情熱を注いだ人たちの著作物を一括して読み解くことが可能になります。これは釧路の将来のためにも有意義なことではないかと考えたからです。 「 いろいろな著者の特集号 」 は、このような特集号です。もちろんこの特集号はオリジナルな特集ではなく、各著者のばらばらの 「 河太郎 」 各号に掲載された著作物を各著者ごとに纏めたものに過ぎないことを付け加えておきます。

 平成 10 年 ( 1998 年 ) の「 河太郎 」創刊号から最終号まで、22 年余りもの長い間 「 河太郎 」愛読者の皆様には大変お世話になり、心から御礼を申し上げます。「 河太郎 」 のすべての著作物の完全ウェブ化作業が完成してからの廃刊なので、ウェブ化の作業を進めてきた担当者にとっては、むしろ目出度い同人誌 「 河太郎 」 の廃刊であると考えたいと思っています。そして廃刊になってもウェブサイト http://kataro.tendon.bz は、ウェブサービス会社 FC2 社と相談の上、今後 10 年間はアクセス可能状態を続けることが出来るようにするための作業をすべて終了しております。

 同人誌 「 河太郎 」 は、平成 10 年 12 月に創刊号を発行し、二十数年後の令和 2 年に最終号 ( 第 48 号 ) をもって廃刊とすることになりました。同人誌 「 河太郎 」 HP 担当の僕は、 2020 年の初頭に主宰の三井裕氏に、同人誌 「 河太郎 」 の第 48 号 ( または最終号 )を発行し、同人誌 「 河太郎 」 が 「 尻切れトンボ 」 的に廃刊になるのではなく、かなり広範囲に広がった愛読者層に廃刊に至った理由を説明して禮を尽くしてから廃刊にすべきではないかと提案し、三井裕主宰もそれを了承してくれていいると、ウェブ担当者の僕は理解していました。ところが 2019 年 12 月 1 日に、冊子状に紙に印刷された 「 河太郎 」 第 38 号 ( 最終号 ) が、12 月 1 日の消印付きで郵送されてきました。最終号の発行年月日は、 2019 年 10 月 1 日になっていました。つまり三井裕主宰は、同人誌 「 河太郎 」 廃刊の理由や、執筆者や愛読者の皆様への感謝の言葉は一切なく、敢えて 「 文字通り尻きりトンボ的な廃刊 」 の道を選んだものと思われます。確かに同人でもない僕が色々勝手な廃刊の手続きなどを提案するのは誠に無礼な越権行為であったのは明らかでしたので、「 尻きりトンボ的廃刊 」 を選択したのは、同人誌 「 河太郎 」 三井祐主宰の一つの 「 立派な見識 」 だったのだと理解したいと思うことにしました。そして第 48 号 ( 最終号 ) は、従来の方式で掲載するように作業を行いました。つまり僕が冊子に印刷された第 48 号 ( 最終号 ) から、手入力でタイプする方法で入力してウェブ版を作成しました。同人でない僕の 「 意地 」 のつもりです。

同人誌 「 河太郎 」 最終号から創刊号までのバックナンバー目次

いろいろな著者の特集号

Updated 15 January , 2021